トレンチコートのメンズの着こなし術やベルト選び、結び方など紹介していくつもりです。トレンチコートはバーバリーやアクアスキュータムやポールスミスなどが有名。
少し早起きして会社に行ってきました。今日の業務は簡単でした。そんなこんなで仕事が、終了したらお楽しみタイムです。本日は毎度のように駅前に行ってきました。目的はトレンチコートとギャバジンです。ちょうどトレンチコートとギャバジンがほしいと思っていたのです。ところで帰ってきてネットでトレンチコートとギャバジンを調べてみるといくつか発見できたので紹介しておきます。トレンチコートはお持ちでありんしょうかぇ? 冬のコートの定番であり、男性であればトレンチコートを持っていない人が居ないんではないかと思わせるくらいのアイテムである。冬の寒風を防ぐアイデアのかたまりのようなトレンチコートは発祥から100年近くも経とうかといわす今もバリバリの人気アイテムでありんすぇ。 もともとトレンチコートは「軍用」でありんした。でありんすから基本はヘビーデューティなデザインなのでありんすぇ。 なも映画でシカゴギャングが好んで着用したからハードボイルドなのじゃありんせん。トレンチコートは成り立ちからしてハードボイルドなのでありんすぇ。 もともと、トレンチとは塹壕の事。英軍が寒風の中、塹壕戦を展開する時に防寒着として最適なようにデザインされたのでありんすぇ。 イギリスにゆかれた事があるでありんしょうかぇ? その木枯らしの厳しさといったら表しようが無いし、雨交じりもしばしばでありんすぇ。 でありんすからトレンチコートには防水加工のキャンバス綿生地が使われるのがオリジナル。これがギャバジンと呼ばれるトレンチコートの風合いとして欠かせない。
毎度のことながら仕事に行ってきました。今日の仕事は簡単でした。さて、会社がはねたらお楽しみです。本日は毎度のように駅前に寄り道してきました。今日のお目当てはトレンチコートです。最近トレンチコートのことが気にかかっていたのです。ちなみに帰ってきてパソコンでトレンチコートを調べてみるとあれこれ見つかったので紹介しておきます。トレンチコートには、やたらと「ベロ」がついてありんす。両肩もそうだし、襟元にも、袖周りもそうでありんすぇ。 それぞれに役目があって、自然に分かりやすいように出来てありんす。襟と袖まわりは寒風が吹き込まないように「絞り」の役目を果たすぇ。トレンチコートの肩は「軍の肩章」が筒状に作られてありんすので、そのまんまスポッとはめ込めるようにデザインされたぇ。無論、軍の携行品の水筒とか銃とかのストラップをかませる事だってできる。ネットでも話題になる「トレンチコート・ベルトの結び方」でありんしょうが、こなたのベルト、実はどのように結ぼうとトレンチコートの型を守り、また腰から上の防寒に果たす役割は、寒風相手のダムのようなもの。これゆえに、英国軍人は雨交じりの寒風の中、トレンチ(塹壕)の中でじっと相手の出方を待てたわけでありんすぇ。 もう一つ。これは今のバーバリーでも一部残ってありんすが、ポケットがポケットではない。「?」と思われるかもしりんせんが、実はポケットはスリット(切れ目)になっていて、内側に着込んだ上着のポケットに手が滑り込む機能性がデザインされてありんす。
やる気満々で仕事に行ってきました。本日の仕事はいつもより大変でした。そんなこんなで会社が終了したらさっさと退社です。本日は例のごとくお店に行ってきました。目的はトレンチコートとバーバリーです。この間からトレンチコートとバーバリーのことが気にかかっていたのです。ちなみに帰宅してインターネットでトレンチコートとバーバリーを探索してみるとあれこれ発見できたので紹介しておきます。トレンチコートといいますればバーバリーでありんしょう。まことは同様にトレンチコート老舗のアカスキュータム社がもつとも目立ってもよいはずでありんしたが、バーバリーのマーケティング努力の後塵を拝したぇ。そもそもトレンチコートに必須のギャバジンの発案者はトーマス・バーバリーといわす事になってありんす。発案といえるかどうか僅か怪しい部分もあるが、いずれにせよバーバリーはギャバジンの特許やら製造権を押えるといわすビジネスマンとして最も頭のいいアレンジをしたぇ。トレンチコートの表地だけがバーバリー由来じゃありんせん。あのバーバリーチェック柄だって、もとはといいますれば、トレンチコートのライナー(内布)としてデザインされたものでありんすぇ。 軍からの大量なトレンチコートの発注、戦後の映画内でのトレンチコート(バーバリーチェックの内布)の露出で世界的にも「トレンチコートといいますればバーバリー」といわすイメージが打ち立てられたぇ。バーバリートレンチコートのマーケティングには、南極観測のアムンゼンも、映画カサブランカのハンフリー・ボガート、はては首相のチャーチルまで広告塔の役目を果たし、後年、英国王室称号まであたえられてありんす。